「誰にでも優しい人は誰にも優しくない」とかいう暴論を紐解く

言葉あそび

あずあみです。

突然ですが、みなさんは、優しい人のことをどう思います?

「優しい人だなぁ」って、思いますよね?

当たり前です。優しい人なんですから。

では、みんなに優しい人のことは、どうでしょう。
これが、みなさんも聞いたことがあるだろう仰天な結論に至るわけです。

「みんなに優しいなんて、優しくない人だなぁ!」

え?何??どういうトンチ???

ということで、書き殴ります。

優しさには限度がある?

誰にでも優しい人は誰にも優しくない、というのは、どういう理屈なのでしょうか。
1つの優しさは優しさなのに、それが大きくなると消えてしまう?

うーん、考えてみましょう。

1人への優しさは、優しさとして存在する。
ところが、100人への優しさは、優しさではなくなってしまう。

こうしてまとめてみると、見えてきました。
多くの人が「優しさには限度がある」と感じているのかもしれません。

例えば、人間ひとりが持っている「優しさ」は100コで、それを配り切ったら0コになる。
つまり優しさがなくなるといったイメージでしょうか。

はーい。算数の時間ですよ。

私の持っている100コの「優しさ」のうち、Aさんに20コ渡せば、私の優しさは残りいくつですか?
80コです。

では、そのままBさんに20コ、Cさんに20コ渡すと、私に残った優しさはいくつでしょうか。

はい、どうですか。

答えは40コです。ちょっと計算したでしょ?
40コしか残りません。私の優しさも残りわずかですね。

ここで、DさんとEさんに各20コずつの優しさを渡したら、どうでしょう。
私の優しさは品切れです。0コです。
そうなると、もう人に渡す優しさが残っていないので、優しくできません。

あぁ!私が優しくない人になった!!なってしまった!!!

…と、まぁこんな感じでしょうか。

優しさに限度があると考えれば、こういう理屈で説明できそうですね。

優しさは天下の回りもの

人間ひとりが100コの優しさを持っている、という説に付け足します。

私が優しさを渡せるということは、Aさんも優しさを渡すことができますね。

つまり、優しさは渡すだけでなく、受け取ることもできるということになるのですよ。

と、いうことは。
自分の持っている優しさを、渡して渡して渡しまくっても、誰かから優しさを受け取ることができるということです。

そうです。優しさが天下を回るのです。

Aさんからは優しさが返ってこなくても、Bさんからは50の優しさが返ってくるかもしれません。

そうすると、やはり「優しい人は優しい」と言えそうですよね。
優しさをいくら渡したとして、枯渇することがないような気がしませんか。

誰にでも優しい人は、やはり優しい人ではないでしょうか。

優しいって何?特別扱いすること?

そもそも、優しいってなんでしょう。
この定義がズレていれば、私の今までの訴えも的外れになります。

私の考える「優しさ」とは、「思いやり」に近いものです。
相手が誰であろうと、困っている人を助けるといったものです。

「誰にでも優しい人は誰にも優しくない」と考える人とは、この「優しさ」の捉え方が違っているような気がします。

恐らく「誰にでも優しい人は誰にも優しくない」と考える人は、
「優しさ」を「特別扱いすること」と思っているのではないでしょうか。

また例を出しましょう。

友達が困っているから助ける、という場面を想像してください。
重い荷物を持っていて運ぶのに困っている、とか、あなたが簡単に手を差し伸べられるような状況を思い浮かべてください。
簡単に、しかも迷わず助けられるような、そんなシーンです。

あなたが友達を助けるのは間違いないと思います。
しかしここでは、その事実ではなく、考え方に注目します。

友達だから、助けるのか。
困っているから、助けるのか。

もっとわかりやすく言うと、

友達だから(特別に)助けるのか。
困っているから(誰であろうと)助けるのか。

どうですかね。
ここに、優しさの定義の違いが見えてきませんか。

無意識に前者の考えを「優しさ」と捉えているなら、優しさと特別感をセットに感じているのかもしれません。

もし、「優しさとは特別扱いすることだ」と思っているのなら、「誰でにでも優しい人は誰にも優しくない」という理屈も納得できますね。

全員に平等に接していれば、もちろん特別感はないからです。

でも、やっぱり私は「優しさ」と「特別扱い」は別ものだと思うんです。

(優先順位という話は、ややこしくなるのでまたの機会に。)

極端な話をすると。
お花が好きな人に一輪ずつお花を渡すとして。
その中でも特別な人には花束を渡すというような。
これが優しさであり、特別扱いです。

一方、お花が好きな人にはお花を渡さず、特別な人にだけ花畑を渡すような。
これは特別扱いであり、優しさとは違うのではないかと、そう思うのです。

誰にでも優しい人は優しい人です

私は最初から伝えているとおり、誰にでも優しい人は優しい人だと思っています。

もし、今「誰にでも優しい(八方美人)」だと言われ悩んでいる人がいれば、そんなの気にしないでください。

あなたは優しい人です。

相手が特別扱いを望んでいるだけなんだと、考え方を変えてみてください。
あなたの良さを理解してくれる人はたくさんいます。
その中のひとりが、私です。

また、「誰にでも優しくしてはいけない」と無意識に感じている人も、その鎧を脱ぎましょう。

幼いころ、誰にでも優しくしようと、諭されてきたはずです。
思い出して。優しい世界をつくるのです。

優しさは天下を回る、というワードが今回のお気に入りとなったあずあみでした。

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